徳丸吉彦『音楽とはなにか 理論と現場の間から』、ドロシア・ハスト+スタンリー・スコット著、おおしまゆたか訳『聴いて学ぶ アイルランド音楽』
2008/1/19 (月)
音楽において伝統がどのようにして生まれ、伝えられ、変化していくのか。それについて示唆に富んだ本を最近相次いで読んだ。
ひとつは徳丸吉彦の『音楽とはなにか 理論と現場の間から』(岩波書店)である。
これはさまざまな講座や学会誌に発表された論考を中心にまとめた本で、内容は多岐にわたっているが、中で、通奏低音のように鳴り響いているテーマのひとつが、伝統とその伝達・変容だ。
本の中にこんな話が紹介されている。
マレイシアにサペという弦楽器がある。形はアイヌのトンコリを大きくしたようなもので4弦。ただしトンコリとちがってフレットがあり、琵琶などに近く、2人で2台で合奏する。もともとはボルネオ島の一民族が使っていた楽器でマレイシア国内でもあまり知られていなかった。しかし1976年に日本に公演に招かれると、マレイシア国内での認知度が上がり、21世紀に入ってからは、地域を超えて大勢で合奏されることもされるようにもなった。つまりサペを取り巻く状況は、きわめてローカルなものからナショナルなものへ、大きく変化したわけである。
1976年の日本招聘に尽力した著者はアメリカの音楽学者から、伝統を破壊していると批判されたそうだが、それは彼らが伝統を固定したものと考えていたからだった。
ドロシア・ハスト+スタンリー・スコット著、おおしまゆたか訳『聴いて学ぶ アイルランド音楽』(アルテスパブリシング)にも、アイルランドの民謡の伝承と変化の様子が、パブでのセッションからリバーダンスまでいろんな例をあげて紹介されている。
「シンガー、セッション、うた」と題された章で、著者はダブリンのパブの2階の小部屋を会場に、永年にわたって続けられている無伴奏のうたの会で、どのような新しい参加者やレパートリーが加わり、どのような伝承曲が紹介されているのかをつぶさに報告している。その匙加減によって伝統が固着したものにならずに伝えられていくのである。
人気アーティストやCDの紹介ではなく、背景にある現場に読者を案内することによって、この本はアイルランドの音楽の伝統、変容の可能性、多様性をわかりやすく教えてくれる。
二冊とも、伝統とは保存するものではなく、更新し続けることで生きるものであることを、具体例に即して語っているところがおもしろいし、説得力もある。 『音楽とはなにか」にはミャンマーの古典音楽のCDが、『聴いて学ぶ アイルランド音楽』にはさまざまな民謡のCDがついていて、本の内容の一部を読者が実際に聞いて確かめられるようになっているのもありがたい。
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