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January 15, 2009

後藤雅洋『ジャズ喫茶リアル・ヒストリー』

2009/1/14 (水)
 
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 後藤雅洋の『ジャズ喫茶リアル・ヒストリー』(河出書房新社)を読了。
 60年代にはぼくもジャズ喫茶に足を運んだことがあるが、熱心なジャズ・ファンになることはなかった。もしかしたら音楽そのものよりジャズを聞いている人たちの大人な雰囲気がなじめなかったのかもしれない。それくらいぼくは子供ぽかった。
 著者はぼくよりひとつ若いが、高校時代からジャズ喫茶通いをはじめ、大学生にしてジャズ喫茶を開店したというから、大人である。その店はいまも四谷にあるイーグル。ポップス・ファンには山下達郎や大貫妙子のいたシュガー・ベイブ誕生の地としてもおなじみ。
 この本はジャズ喫茶経営体験を通じて振り返った日本のジャズ喫茶の歴史だ。マイク・モラスキーの『戦後日本のジャズ文化』のジャズ喫茶に対する評価では抜け落ちていた部分を現場からていねいに批判的に検証、補足した本といえばいいか。東京のジャズ喫茶の老舗の紹介、それに対する意見、変遷などの記述は、ジャズ喫茶を続けながらジャズについて考えてきた人でなければ書けない視点に貫かれている。サーヴィス精神にも富んでいて、とてもおもしろく読める。
 たまにはジャズ喫茶に行ってジャズを聞いてみようか。そんな気にさせられた。


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Comments

偶然に僕も今日「ジャズ喫茶・リアルヒストリー」を読み終えました。ほぼ同時代(60年代後半から)にジャズ喫茶に通っていましたが、ほとんどライブ(ピットインばかり)だったせいか、後藤さんのご説明からは教えられる事が多かったです。モラスキーさんの本に対する答えも多いようでした。しかし「ジャズ喫茶」(いーぐるに代表される)の存在が日本でのジャズの受容の形を決めてしまった1960-70年代の状況は、結果的に「日本で聴かれるジャズ」を世界的にも稀な姿にしてしまったようには思えます。広い意味でブラック・ミュージック関係のリスナーとジャズのリスナーとが一切交流できなくなったり、ジャズ・プロパーとクラブ・ジャズ関係の人々とが完全に断絶していたり。しかし僕も最近ジャズ喫茶に時々顔出してます。

Posted by: Yoshito Sekiguchi | January 15, 2009 10:31 PM

関口さん、どうもです。
いまにして思うと、ジャズにまつわるパブリック・イメージと、ジャズ喫茶の店主の思惑と、客の思惑が一致したところとズレたところ、両方あったような気がしますね。
ぼくの記憶では、コルトレーンの後にセルメンがかかったりする店では、これってどっちもジャズなの?と戸惑ったこともありました。


Posted by: wab | January 16, 2009 10:49 AM

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