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July 18, 2021

『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』アンドレアス・ドレーゼン監督に聞く

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『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』の主人公は実在のシンガー・ソングライターだ。彼の音楽は日本では聞いたことがない人がほとんどだろう。しかし素晴らしくよくできた映画なので、観終わるころには、昔から彼のことはよく知っていたような気がしてくる。2019 年に「ドイツ映画賞」を6 部門(最優秀賞、作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、美術賞、衣装賞)で受賞したのも納得の傑作だ。

ゲアハルト・グンダーマンは1955年、ドイツのワイマールに生まれ、チェコとの国境に近い炭鉱地区で育った。偶像崇拝に反抗して軍隊の学校を追い出された後、炭鉱で働きながら音楽活動をはじめ、ミュージシャンとして認められてからも、炭鉱が閉鎖される97年まで技師の仕事を止めなかった。しかし過労が災いしたのか、翌98年に43歳で早逝している。

映画は1992年を起点に、7080年代の出来事と行ったり来たりしながら進んでいく。物語は音楽と恋と政治と仕事の体験をフィクションでよりあわせた組紐のようだ。

縦糸のひとつは政治。ドイツは1949年から1990年まで冷戦の最前線にあり、東西に分断されていた。グンダーマンは東ドイツに生まれ育ち、ドイツ社会主義統一党に入党。国外での音楽活動許可と引き換えにシュタージ(国家保安省)の協力者として、知人の行動の監視・報告を引き受けた。

しかし部屋の壁にチェ・ゲバラのポスターを貼る彼は、硬直した組織になじむような人間ではない。党を批判して除名。シュタージに協力しなくなると、彼自身が監視され、音楽活動を妨害されるのだ。映画が起点に置いた1992年は、ドイツ再統一後、シュタージの膨大な資料が公開されはじめた年でもある。

音楽活動を続けながら過去の記憶や罪と向き合い、償いの行脚をはじめる彼の姿を、映画は抑制のきいた語法で描いていく。アンドレアス・ドレ―ゼン監督はこう語っている。

「理想の国を作ろうとして協力者になった人は彼だけでなく数多くいたのです。自由と平等の社会を夢見た人が加害者になり、被害者にもなる。この映画の背景には、その複雑な悲劇が理解されないのが残念という思いがありました」

よかれと思って生まれた組織が、いつの間にか人々を抑圧する制度に変わる例は、時も所も政治体制も選ばない。機密保護法が作られ、異議が炎上で妨害され、コロナ禍で見回り隊が登場する現実を体験してもなお、シュタージは遠い世界の出来事、のままで安閑としていられるのかどうか……。

この映画のもうひとつの縦糸は主人公とコニーの物語だ。後に結婚するコニーと夜道を歩いているとき、強引なくせに恥ずかしがり屋の彼は気持ちを告白するかわりに「君に歌を書いた」と言う。しばらく後に、音楽仲間に囲まれてコニーがうたう「結婚式の歌」がその曲だ。2人は長い歳月を経て結ばれ、結婚後も葛藤や衝突をくり返しながら、おたがいを思いやり、人間として成長していく。

正攻法のていねいなカメラワークも見事だ。地平線まで続く露天掘りの巨大な鉱山の掘削機の映像は、どんなセットや特撮もかなわない圧倒的な力で迫ってきて、技師の仕事と彼の孤独な思索や音楽との関わりを想像させる。監督の話では、グンダーマンのファンが働いている残り少ない露天掘りの鉱山の協力が得られたからこそ撮影できた貴重な場面だという。

「足元の長靴は泥の中に埋まっているが頭は雲の中だ、という詞がグンダーマンの歌にあるんですが、彼は音楽業界に縛られないで音楽をやるために、有名になってからも炭鉱技師を続けていました。しかし環境や自然を守る歌をうたいながら、仕事で自然を破壊する自分がいるという矛盾にも悩んでいました」

詩情豊かな音楽がこの映画に快適なリズムや転調を加えている。主役の俳優アレクサンダー・シェーアは、グンダーマンによく似た風貌の持主で、吹き替えなしに説得力ある歌を聞かせる。トーリ・エイモスの曲にドイツ語の歌詞をつけた曲もうたっている。彼と一緒にオルタナティヴなロック・バンドを組むメンバーには、90年代に実際にグンダーマンと一緒に演奏していたミュージシャンが含まれている。

ボブ・ディランのコンサートのオープニング・アクトをつとめたとき、舞台の袖でディランとすれちがって挨拶を交わす場面。メンバーから何を話したのかとたずねられた彼は「ブルース・スプリングスティーンは最高」と話したと言う。前座をつとめたのは事実だが、ディランに語りかけるくだりはフィクションだ。ロック世代の監督らしいそんな遊びもある。

東ドイツ時代からビートルズの熱心なファンだった監督は、削除候補グンダーマンの歌を口ずさみながら、こんなメッセージを送ってくれた。

「映画を観ると、彼の音楽がどこから影響を受けているのか、よくわかると思います。ボブ・ディラン、ケイト・ブッシュ、ニール・ヤング……などのシンガー・ソングライターをごぞんじの方なら、なおさら共感していただけるのではないでしょうか」

 特定の時代の特定の場所で起こった出来事を普遍的な物語に仕上げた監督や脚本家の姿勢に敬意をひょうしたい。安易に使うのは避けたい言葉だが、音楽は国境を越える、という言葉にほんとうの意味でふさわしい映画だと思う。

(初出『intoxicate』2021, no.150)

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